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久住 : 和太鼓チーム「TAO」のための舞台設計
- 音を伝える野外ステージ -
日付 2003年 夏
場所 日本 久住高原
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アトリエモビル+有形デザイン機構

 『天竜川上流の山間の流域で、真冬に行われる「花祭」や「雪祭」の舞人と見物のあいだには、見る・見せるという関係は成り立っていない。見る者は他所者であって、 追い出される。

 一つの世界を成就するためには同族でなければならないという原則が働くのである。見る・見られるといった関係では、いつまでも芸術は不毛なのだろう。』 これは評論家の郡司正勝が土方巽の舞踏を批評したときの文章の抜粋です。

 ここには近代の舞台がプロセニアム形式を中心とした発展を遂げて『見るもの』と『見られるもの』とに分離している状況を強く批判している姿勢を見て取ることが出来ます。

 見るとは感じることの一部分でしかないのですが、空間を共有する出来事であった舞台は今、『見る』だけのものになろうとしているのかもしれません。空間に身体は在るのでしょうか?身体はどこへ行ってしまうのでしょうか?舞台に限らず、こういった身体と意識の分離はさまざまな分野で見ることが出来ます。

 かつての人々の暮らしは身体的な情報にあふれていました。何かを手に入れるためには歩き、料理をするためには素材からはじめます。空調が現れるまえ、室内は季節を感じることが出来る場所でした。

 身体に働きかける情報を基盤にすることで視覚だけの情報であっても、かつての人々はそれを脚色する能力を持っていました。しかし、いまの私たちの周りには身体的な情報が減っていく一方であるのに対して視覚、 聴覚的な情報は増えるばかりです。

 九州の和太鼓チームTAOのための舞台作りは、そんなことを考えながら始めました。私たちが目の前で彼等の演奏を聴いたとき、太鼓は『音』ではなく『鼓動』だということに気がつきました。これは映像では分からないことです。

 空気の波が体をゆすり、ほのかに暖かくなるような錯覚までおきるくらいの波動です。あるものをちゃんと伝える、在るべきところにあるものを作る。自分たちの場所を自分たちで作る。当たり前のことをやってみよう、そうしてこのプロジェクトは始まりました。

 まず太鼓のために波動を反射させる仕組みをつくりました。床下に埋められたヒューム管、傾斜した舞台です。傾斜した舞台は客席と舞台を繋ぎます。ヒューム管の前で太鼓を鳴らす実験や傾斜した舞台での動きの見え方が試されました。

 近隣に見られる竹を舞台に持ち込み竹林の中で演奏しているような錯覚をみんなで共有できるようにと竹が植えられました。そうして、ここは『舞音の土也』と名付けられ、舞台に舞う人、そこから伝わる音、その波の中にいる人々のための場所に仕上げられました。

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音響としての舞台装置

舞台の床に設置された網。この網の上に太鼓を置く。 網から入った音は、パイプで反射されながら、地面に振動を与えながら、客席に伝わる。

舞台装置

太鼓から飛び出した音が、反射されあらゆる方向へ伝わっていくことがイメージされるフォルム。

音響としての舞台装置

音が出てくるパイプ。地面への振動も含めて臨場感あふれる太鼓の音になる。

舞台完成

舞台を正面から望む。

太鼓の演奏風景

当日は雨ながらも、たくさんの観客が演奏会場に訪れました。

太鼓の演奏風景

演奏は夜まで続けられました。ライトアップされた舞台装置。

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